※共同通信配信の有料メディア向けコラムから転載(2024年01月08日配信)
「HPV! HPV! ワクチン ワクチン 検診へGO!」
2023年11月23日、群馬県庁。多くのカメラの前で、山本一太知事は2人の女子高校生とTikTokを踊っていた。いずれも知事から任命された「高校生リバースメンター」。大人では到底思い付かないアイデアを提案するため日々活動している。
高校生リバースメンター制度は、23年7月に全国初の取り組みとして始まった群馬県と笑下村塾の共同プロジェクトである。本連載でも同年9月に一度取り上げている。
「リバースメンター」とは文字通り、高校生が立場を逆転させ、知事のメンターに就任するというものだ。スタートから半年近くがたち、23年11月には知事への提言会も行われた。この間のメンバー10人の活動を整理しながら、改めてこの事業の効果と意義について考察する。
(注)リバースメンター 1990年代後半に米国のゼネラル・エレクトリック(GE)社が始めた人事研修制度。若手社員が先輩社員に対し、逆(リバース)に相談役(メンター)として指導に当たる。若い世代の情報、アイデアを経営に取り入れる狙いがある。若手の活躍の場を広げることや離職防止にもつながる。日本企業でも採用事例が増えているほか、各種組織にも広がっている。
推しがきっかけ
子宮頸(けい)がんの予防啓発を訴える同じ高校の2年、みかこさんとゆいさんは、推しのインフルエンサーがヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンについて取り上げていたのがきっかけで、問題意識を持つようになったという。みかこさんの母親もワクチン接種に抵抗感があり、同じような経験をしている同世代に働きかけることで啓発を促進できるのではないかと考え、2人そろって高校生リバースメンターに立候補してくれた。
提案のバリエーション
初め2人は、同世代の人に向けて、自分たちが広め、認知度を高めることをゴールに設定していた。啓発活動を切り口に、どのような手法がアプローチしやすいかを、フォロワーとの面談やワークショップを通じて掘り下げていった。中高生に届きやすい媒体としてTikTokを活用し、知事と共に啓発ダンスを踊ることや生理用品のパッケージにワクチン接種や検診を促すメッセージを入れること、参加型で楽しい講演会の実施を提案することとなった。
さらに、認知から行動へのフェーズにも目を向け、ワクチン接種・検診キャンペーンの実施や学校でのワクチン集団接種という、少し踏み込んだ提言も知事へ行った。同世代の高校生にターゲットを絞り、対象者の心情や行動イメージを掘り下げて、ミクロの視点とマクロの視点から、実現可能性のバリエーションを提言に持たせることができた。
群馬県では、2人の提言を受け、TikTokの制作や生理用品などによる啓発に取り組み始めた。
自分たちができるところから
提言会の模様が報道されると、X(旧Twitter)や県のホームページ(HP)には2人への応援コメントが多数寄せられた。反響を原動力にみかこさん、ゆいさんは啓発のためInstagramを新たに開設し、経験談を盛り込んだ発信を行うことにした。
このようなプロジェクトを進めるに当たり、目標やゴールの設定とそれに向けたマイルストーンを置いていくことは、高校生のモチベーションのためにも必要であると捉えている。だが高校生リバースメンターたちは、知事への提言会という中間ゴールを終えても自分たちでできる活動を続け、提言の実現可能性を高めるために試行錯誤を続けている。
みかこさんは「自分たちが言ったことが、とても早く具体的に動きそうで、子どもでも大人に訴えれば社会を変えることができるんだなと実感している」「これまで子どもが発表してもその場限りで終わってしまうことが多かったが、そこの一歩先にまで進むのが『リバースメンター』の強みなので、引き続き自分たちで取り組めるところから行動していきたい」と、今後の展望を意欲的に語ってくれた。
大人が味方
高校生リバースメンターは、高校生主体のプロジェクトだ。大人の関わり方には慎重な姿勢を取っている。アドバイザーやフォロワーとは向き合い方の心構えを事前に共有し、常に目線を合わせてきた。まず第一に、高校生を子ども扱いするのではなく、対等に話すこと、できない理由を並べ過ぎず、一緒にできる方法を模索するなど、さまざまな論点からアドバイスしていただき、最終的な意思決定は高校生の判断を尊重するようにお願いした。
提言会までの準備の段階で、県の担当課とも意見交換した。県の方々も高校生リバースメンターの活動を応援してくれ、ギャップを埋めつつも、高校生の思いを尊重しながら対話をしていただいた。そのおかげで、実現可能性を踏まえつつも少し冒険した内容の、高校生リバースメンターだからこその提言ができた。
「私たちの考えていることを、大人がこんなにサポートしてくれるとは思わなかった」「日々の些細(ささい)な相談から発表に向けてのブラッシュアップまでサポートしてくれて心強かった」と、大人が高校生の味方として対等に接することで、高校生の「自分の行動で社会は変えられる」という意識を育むことに貢献した。
一つのチーム
群馬の高校生リバースメンターと、そうでない生徒を対象に、笑下村塾でアンケートを取った。その結果、「大人に信頼されている」と感じるのは後者が5割なのに対し、リバースメンターは9割、「社会は変えられる」と思っているのは後者が4割で、リバースメンターは8割という数字が出た。メンターを経験したことで、社会への意識が高まっているのは明らかだ。
また「多少のリスクが伴っても、新しいことに挑戦したい」という生徒は後者が7割だったが、高校生リバースメンターはなんと全員で、活動を通じてチャレンジする意義を実感できていることも分かった。
リバースメンターは個人の問題意識を発端に提言テーマを取り上げているが、高校生1人だけで進めるのではなく、笑下村塾スタッフやアドバイザーの方も一つの「チーム」となり、高校生の活動を応援する態勢をつくっている。チームで対話しながら切磋琢磨(せっさたくま)する経験が、将来周囲を巻き込みながら行動を起こす力につながるよう期待している。社会は変えられる、その成功体験の場を作り、自信を持ってもらい、行動をし続ける人になってほしい。
☆たかまつなな 「笑下村塾」代表、時事YouTuber。1993年、神奈川県横浜市生まれ。大学時代に「お嬢様芸人」としてデビュー。2016年に若者と政治をつなげる会社「笑下村塾」を設立、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶSDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。