そんな‟今”を認めたりんたろー。さんの軌跡
チャラ男たちが織り成す軽快な漫才で、若い世代を中心に人気を集めているお笑いコンビ「EXIT」の兼近大樹さんとりんたろー。さん。
vol.1では兼近さんから育児、vol.2ではりんたろー。さんから介護について、それぞれ考えをお聞きしました。
今回は、文春報道で話題となった、兼近さんのあの話。過去に売春防止法違反の疑いで逮捕されていたことが今年9月、週刊文春で報じられた。
過去に起こしたことは、決して肯定されるものではありません。 しかし、なぜ過ちを犯すことになったのか。 兼近さんはどのような環境で育ったのか、なぜそこから抜け出せたのか? りんたろー。さんが全てを知った上で兼近さんを受け入れた理由は――。兼近さんが犯した過ちをまた別の人が起こさないために、そして兼近さんの生きてきた世界を知らない人に少しでも理解してもらうためにも、お話していただきました。
プロフィール
EXIT(いぐじぃっと) りんたろー。さんと兼近大樹さんのお笑いコンビ。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。「ネオ渋谷系漫才」と言われるスタイルで、結成して間もなく頭角を現し、若者を中心に人気が爆発。今年9月、週刊誌によって兼近さんの過去の犯罪歴がスクープされ世間をにぎわせた。その時の2人の対応についても話題に。
たかまつなな お笑いジャーナリストとして、お笑いを通して社会問題を発信している。現場取材をし、その内容を寄席で社会風刺ネタと して届ける 。18歳選権導入を機に、株式会社 笑下村塾を設立し、全国の学校で出張授業「笑える!政治教育ショー」を実施。
■「別の世界がある」なんて知らなかった
―最後にお笑い芸人さんとして色々お伺いしたいと思います。文春で記事になってらっしゃってびっくりしました。売春の斡旋をされていたという、なかなか衝撃的な内容でしたが、もっと驚いたのがその後のお2人の対応。それに感銘を受けたんですよね。
例えば、大ヒットした映画「万引き家族」を見た人は「いい映画だった」と言いますが、リアルでああいうことが起きると、やった人をすごく叩くんですね。語弊があるかもしれませんが、兼近さんはリアル「万引き家族」家庭だったわけですよね。
兼近さん(以下、兼):俺にしたら「万引き家族」は“あるある”だらけでした。
―私は生まれた時からお金に困ったことがないし、勉強もさせてもらえました。私と同じような立場の人が、環境に恵まれず過去に悪いことをした人のことを叩くのは、すごく卑怯だと思います。兼近さんと同じ環境で苦しんでいる人が兼近さんの行動を見て、もちろんいけないことですが、勇気づけられているという人もいると思います。そういう環境から脱することというのは大変なんですか?
兼:「自分のいる場所以外に別の世界がある」と思えること自体が奇跡なんです。自分たちの生きている世界が普通で、違う世界にいる人たちのことを「おかしい」って思い込んでいる。その中で、僕とたかまつさんのような人が出会うことは100パーセントない。たかまつさん側の人がこっちに来ることも、僕がそっち側に行くこともない。だから、違う世界の人が混ざり合わないのが現状です。
―そういったことを、代表して言ったのがすごいと思いました。いくら私が「これから格差社会が進行していくから、教育が大事なんだ」と言っても届かないんですよね。
兼:教育はマジで大事です。俺は学ばせてもらえない環境にいましたから。周りも全員が勉強していないから「勉強しなさい」って言われても「なんで?」って拒絶するんです。なぜ教育をしなければいけないのか、受けなければいけないのか、というところからのスタートなんです。
―例えば、貧しい家庭で生まれた時に、リセットできる手段の一つが教育ですよね。頑張って勉強して、いい職業かは別としてお医者さんとか弁護士になったりしてリセットできるはず。でも今の形だと、東大や慶応に行った子はみんな小さい頃から勉強していたりするので、リセットするのがなかなか難しいですよね。
りんたろー。さん(以下、り):聞いてびっくりしたのは、こないだ兼近が言っていた薬物の話。僕らは学校で薬物のセミナーを受けたときに「こういう薬物があるのか。怖い存在だから、やっちゃダメだな」と思って自分で拒否しますよね。でも兼近の周りにはすでに薬物が蔓延していて、みんなが普通にやってる。その中でセミナーを受けて初めて「ダメなことだったんだ」って気づけたんだよね?
兼:知る過程が普通とは逆だったんです。中学生くらいの時に聞いて「薬物って、あれのことじゃん。ダメだったの?」って知った。俺はやっていなかったけど、やっている人は薬物から抜けようとも思っていない。悪いことだと理解した上で「だから何なんだ」「それを止めたところで、別の世界で受け入れてくれるのか?」という話だから。
俺は周りの方に助けられて今の状況がありますけど、もし「過去にそういう世界にいました」「周りはそういう人たちでした」って言ったら「その世界に戻れ」「お前に俺らと絡む資格なんてないよ」っていう態度になるのが、今の日本だと思います。“その世界”にいる人たちは、それを理解している。
■“ない”ものではなく“ある”ものを数えたら世界が変わり始めた
―兼近さんは薬物をやっているような人たちの世界にいたところから、どうして脱出しようと思ったんですか?
兼:僕がラッキーだったのは、小さい頃から親に優しくされていたし、助けてくれる人もいたので、落ちるところまで落ちていなかった。愛を知っていたということです。
―他の子に対して、ひがまなかったんですか?
兼:同い年でテレビに出ていたり、成功していたり、めちゃくちゃ頭がいいとかいう人に対して、「はいはい、だから何ですか?」とひがんだ時期もありましたよ。
有名スポーツ選手が努力していたというエピソードをテレビで見て、当時は親のお金で習い事をしているというのを聞くだけで、嫉妬したり虫唾が走りましたね。
―どこで変わったんですか?
兼:「自分にはこれができない。お金もない」って“ない”ものばかり数えて「どうせ俺なんて」っていうネガティブ思考だった。それが途中から、自分が持っているものを数えるように変わっていったんです。「友達はいっぱいいる」とか「この友達は自分のことをいい人と言ってくれる」とか。「自分がこの世界に存在してもいいんだ」って周りの人たちが思わせてくれた。
それまでは「自分は存在しちゃだめだ」というイメージだったんです。自分がいたら誰かに迷惑をかけるから、迷惑かける人同士でつるむ。勉強もスポーツもできない、取り柄がないから、ケンカするんですよ。「自分が生きていい」って証明する方法を考えたときに「腕っぷしだろう」「誰よりもイカれた奴でいれば、みんなが俺を求めてくれるんだ」と思っていた。
「何かしないと認めてもらえない」ということを子どもの自分は分かっていた。でも何もできないから悪いことをし続けて、同じ価値観の仲間が周りに増えていった。そのまま歳をとったんです。
―そばにいる人が「そういう人の存在を認める」ということが大事なんでしょうか。
兼:不良って、必要とされたいんですよ。仲間に「守ってほしい」って言われたら不良はみんなで行きます。強く見せようとするのは、人が怖いから。だから風切って歩くし、ヒゲを伸ばしたり、入れ墨を入れるんです。当時の俺は、弱いからこそ強く見せたい、怖く見られたいというのがありました。だから、何か認めてあげればいいのかなと思う。
―「自分にないものではなく、あるものを数える」というのは、多くの人が実践できそうです。私もお笑いの世界に入って「もっと面白い人が、こんなにたくさんいるんだ」と、敗北感を抱いたりしました。みんなも同じような経験をすると思うんですけど、自分ができることを考えていくと、生きるのが楽になるかもしれないですね。
り:テレビで兼近を見て、考え方が変わる人もいるかもしれないですしね。兼近は又吉さんの本を読んで、自分みたいなやつが悪者として登場していることが多いことに気づいたらしいです。
兼:本の中で「俺の思考が、こんな扱いを受けるんだ」とか、今まで知らなかった情報を得て、俺の中の“あるある”がどんどん崩れていった。
り:それで価値観がひっくり返ったんでしょ? 情報を手に入れることができれば、また変わってくるかもしれないですよね。
■相方の“今”を信じて決めたコンビ結成
―あの騒動が出る前から知っていて、その上で一緒にコンビをしようと決めたりんたろー。さんもすごいですよね。私なら同じ決断はできないと思います。これから一緒に売れていこうという相方が「過去に犯罪歴があって、しかも売春の斡旋? いや無理」って。
り:兼近は過去のことがあったからこそ、今はめちゃくちゃ気を付けている人間。兼近の“今“を見ようと思いました。
兼近にはすごく細かいルールがたくさんあるんです。例えば「電車の中で座らない」って決めてます。俺は「目の前に人が来た時に譲ればいいや」と思ってますが、兼近に言わせると「それはりんたろー。さんの自己満足です。譲った時の優越感を味わいたいから、それをやってるんです。最初から立っていて席が空いていれば、その人は譲られたとか引け目を感じることなく、その席に座ることができる」って。
兼:気づかれない優しさが、一番の優しさなんです。
り:親切の向こう側に行っちゃってるんですよ。そういうのが色々あるんです。
もし僕が「自分に何か被害が及ぶかもしれない」と考えて兼近から離れたら、「今後、兼近は人から離れることを選択し続けてしまうんじゃないか」と思った。例えば兼近に好きな人ができたとして「僕は犯罪者だから、この恋は諦めよう」って思ってしまうのは、めちゃくちゃ悲しいこと。僕は兼近を認めてあげられるんだし「もっとコイツとお笑いをやってみたい」っていう気持ちが強くなった。だから「何か起きたら、その時考えればいいや」くらいの気持ちでコンビを組みました。
■みんながやってほしいところに進んでいく
―「お酒を飲んだ時は本音じゃないって」おっしゃってましたね。
兼:元々はめっちゃ飲めたんですけど「そういう娯楽はきっぱり止めよう」って決めました。飲んだ時に言った言葉は嘘です。
―私もそっち派です。話し合いがあるなら会議室で1時間話せばいいのに、なぜ飲み会で4時間になるんでしょうね。4倍の時間をかけて、内容は10分の1くらいの薄さ。こんな非効率なことあります?
兼:意味ないと思います。お笑い芸人さんて、ライブで5分や10分のネタやった後に飲み会して「お疲れー」って乾杯するじゃないですか。「そんな短時間で疲れてるわけねーだろ」と思う。
―共感しまくりです。こういう考え方は次世代って感じがします。考え方もそうですし、ネットを使って世の中に発信されてることも。YouTubeなどもすごいですが、これから芸人としてなりたい形などありますか?
兼:芸人って肩書があるだけで、色んなことができる仕事。僕ら自身は何かに向かってやっているわけではなく、みんながやってほしいところに僕らが行く感じなので、そんなに気張ってません。
り:いろんな人から「お前ら、来年のこと考えとけよ」とか「1つずつ目標立てていけよ」とか言われることが多い。それはもちろん大切だし、やりたいことがあるならやった方がいいと思う。でもそれよりも、何も考えていない状態で、いつ何が起きてもリアクションできるスピードとかフットワークの軽さを備えていたい。
■あの騒動の時に行動を起こした理由
―吉本興業の闇営業騒動があった時のりんたろー。さんについてお伺いしたいことがあります。「東京にいる吉本の若手芸人のみなさんに、Twitterでアンケートを取ります。これを僕は吉本に持っていきます」って言ってらっしゃったの、かっこよかったです。あれはどういうことなんですか?
り:闇営業問題があった時に吉本が「お金のことも含めて、しっかりやっていきます」という流れがありましたよね。それまで吉本の若手の劇場って、あり得ないノルマが課せられていたんですよ。
―舞台に出るときに、チケットを買い取らないといけないとか聞きます。
り:人気のない若手芸人たちが、1人6枚分の値段を払ってライブに出ている。それ以上売れたとしてもお金がもらえる訳でもなく、マイナスを背負ったまま。その上、ノルマを達成できたら、劇場のキャパに収まらないという無茶苦茶なことが起こる。そういったことがまず見直されました。
それはアンケートを取る前の話です。でもノルマが軽くなったりなくなったりした頃に「あれ、ちょっと待てよ」と気づいたことがあった。東京の吉本の劇場が、ノルマがある状態ですでに閑散としていたんです。「もしここで甘えたら、エライことになるぞ」という危機感が出てきたので「1回アンケートを取って、芸人が思っていること、社員が思っていることを吸い出してみよう」と。めちゃくちゃお客さんが入っている時期もあったので「その頃を取り戻せないかな」という思いで行動しました。
―そういうのは勇気がいりませんか‽ 「せっかく事務所が売り出そうとしているのに、歯向かってる」と思う人もいると思います。
り:吉本のためにタッグを組んでやっているつもりなのに、そういう報道がされて「あれ、違うぞ?」と思いました。でも僕の思いは吉本の人にもちゃんと伝わっていたし、ウィンウィンになることをやっていたので、歯向かっているというつもりは全然ありませんでした。
ただ、そこに労力を割くことにリスクはあります。色んな先輩に言われたのが「そんなことしてる場合じゃねーぞ。自分らのことに集中しろ」ってことでした。でもこういうことは、自分たちにも返ってくると思っています。
―そういう芸人さんて、今まであまりいなかったと思います。すごく感動しました。
り:逆に発言した時に、手を貸してくれる人もいました。「あの頃の劇場はこうだった」とか「頑張れ。誰かに文句言われたら俺に言え」って言ってくれる先輩もいて、やっぱり吉本はすごいですよ。
■EXITは社会問題に向いてる!
―吉本の社員さんと話したという報道を見ました。
り:副社長がわざわざ大阪から来て、会を設けてくれた。それがきっかけで、12月か1月にはシステムが変わって動き出す予定です。
兼:若手の劇場の話だけじゃなく、“世代の作り方“というのも聞けたのはラッキーでした。例えばダウンタウンさんの世代が売れた理由とか流れ、その時に吉本がどう動いたか、とかを全部聞けた。「なるほど、そういう風に芸能界は動くのか」と時代の動きを実感しました。
今、お笑いが廃れてきてると思うんです。例えば落語は面白いのに、若い世代がついてこず、今は上の世代だけが楽しむものになってしまったという感じがするんです。それは漫才も一緒で、もう漫才を好きな世代が楽しめるものしか作っていないんですよ。その下の世代、例えばAbemaTVしか見ていない子や、YouTubeだけ楽しんでるような世代は「漫才の何がおもしろいんだ?」って思ってますよ。そこに向けて何かやっていかないといけない。
―私も同じように問題意識を持っていますが、その世代にアプローチできないんです。YouTubeをやることでようやく少し下の世代に向けて発信できるようになったんですけど、基本的に応援してくれるのはおじいちゃんです。EXITのお2人は下の世代にも接点を持っていて、当事者としての行動力もある。ぜひ、政治とか社会問題とか、そういうことでも発信してほしいです。
兼:僕の境遇の話もありますから、たかまつさんの助けになれると思います。僕みたいな層を巻き込めば、マジで日本は変わると思うんです。僕の周りで政治に興味がある人なんていないし「政治に問題がある」なんて考える人もいない。
―本来の政治はそういう人を救うためにあります。
兼:それを知ったから、たかまつさんのことが好きなんですよ。俺はそういうことに関わっていくべきだなと、最近より強く思うようになっています。
―変な言い方ですけど、そういうのが似合いますよね。違和感がないというか。
り:普通の芸人がやっていたら違和感があるけど、俺らがやってたらチャラ男のボケみたいになる。芸人らしくしてないことが、プラスに働いているかもしれない。
最後に
僕(兼近さん)みたいな層を巻き込めば、日本は変わる…。
兼近さんの過去、そしてコンビを組み、現在に至るまでのお話には、「笑いで世直し」をするためのヒントが詰まっていました。
EXITのお二人が、2020年はどんな活躍をされるのか注目です。 社会問題の真っただ中にいる方や、本当に助けが必要な方に届けられるよう、笑下村塾も切磋琢磨していきます!